ハンズ 手の精神史

ラカン派気鋭の研究者が描く、手をめぐる文化・精神の歴史

アダム・スミスの「神の見えざる手」からディズニー映画「アナと雪の女王」まで、人間の歴史を「手を使って行うことの変化」として読み直す。文化や歴史、心理学や精神分析の理論を横断しながら、自分自身や他者との関係、現代に潜む病理を、ユーモアを交えつつ鋭く描き出していく。
・ヒトラーや毛沢東の繊細な手仕事
・手から離れていったフロイト、手へと回帰したラカン
・私たちの手を支配するiPhone
・ゾンビが手を前に突き出して歩いているのはなぜか
・手と自立依存症との関係
・エイリアンハンド
・手と口の病的な結びつき
・キングコングの大きな手
・アドベンチャー映画に見られる崖からぶら下がるシーンの意味
・手放すことは掴むことより難しい
・手を暇にさせておくと悪魔が取り憑くという言い伝え



 インターネット、スマートフォン、PCによって彩られる新たな時代は、私たちの存在や他者との関わり方に根本的な影響を与えたといわれている。なるほど、たしかに日常生活の根幹をなすデジタル技術によって、空間と時間という古い境界は崩壊したようにみえる。私たちは、即座にコミュニケーションをとることができるようになった。相手が遠くにいたとしても、近くにいたとしても、コミュニケーションは同様に可能であり、他の大陸に住む身内とスカイプすることもできるし、隣のテーブルに座っているクラスメートにメールを送ることもできる。画面にタッチするだけで、ウェブを介して動画や写真を流すことができるし、公私にわたる生活を事細かにソーシャルメディアに公開することだってできる。人々が電車やバスやカフェや車のなかで行っているのは、画面をタップして会話する、ブラウズしてクリックする、スクロールしてスワイプする、といったことだ。
 これらの変化の結果として、二十一世紀の私たちは新たな現実に住まうようになったと、哲学者、社会理論家、心理学者、人類学者はみな異口同音にいう。たとえば、関係がより浅くなったとか深くなっただとか、より長続きするようになったとかその場かぎりのものになっただとか、より脆弱になったとかしっかりしたものになっただとか、そういったことが語られている。多くの職場がヴァーチャルなものになるにつれて、「9時5時勤務」という枠組みに当てはまらない生活を構築する新たな可能性が生まれてもいる。私たちがどのように理解しようとも、これらの変化が実際に生じたのだということ、つまり、世界は以前とは違う場所になったということ、デジタル時代は疑いの余地なく新たなものであるということを誰もが認めている。
 しかし、人間の歴史におけるこの新時代を、少々異なる角度からみればどうだろうか? 現代文明がもたらすものへの新たな期待や不満に焦点を当てるのではなく、今日の変化を、「人間が自分の手を使って行うことの変化」として捉えてみるとすれば? デジタル時代の到来によって、私たちの経験のありさまが変わってしまった例も多いかもしれない。しかし、この時代には、もっとも明白であるにもかかわらず無視されている特徴がある。それは、これまでに前例のないほどのさまざまな方法で、手を忙しくしておくことができるようになった、ということではないだろうか。(「第1章 分裂する手」より)


【目次】
第1章  分裂する手 ─ー自律と自由のパラドックス
第2章  自律する手 ─ー手と口の病的な関係
第3章  掴む手、放す手 ー─愛着と喪失
第4章  社会化される手 ー─手を暇にさせておくことの危険性
第5章  鎮める手 ー─感覚を取り除くための刺激
第6章  暴れる手 ー─暴力行為の効能
第7章  言葉と手 ー─手を使わせるテクノロジーの今昔
訳者解説
原註


【著者】
ダリアン・リーダー(Darian Leader)
ロンドン在住の精神分析家、コラムニスト。ローハンプトン大学名誉客員教授。ケンブリッジ大学にて哲学を学んだ後、パリに
て科学史を学ぶ傍ら、精神分析家としての研鑽を積む。Centre for Freudian Analysis and Researchの発起人であり、主要メンバー。著書に『ラカン( FOR BEGINNERSシリーズ)』(共著)、『本当のところ、なぜ人は病気になるのか?─身体と心の「わかりやすくない」関係』(共著)、Why Do Women Write More Letters Than They Post?、Promises Lovers Make When It Gets Late、Stealing the Mona Lisa などがある。芸術愛好家としても知られる。

【翻訳】
松本卓也(まつもと・たくや)
1983年高知県生まれ。高知大学医学部卒業、自治医科大学大学院医学研究科修了。博士(医学)。専門は精神病理学。現在、京都大学大学院人間・環境学研究科准教授。著書に『人はみな妄想する ジャック・ラカンと鑑別診断の思想』(青土社、2015年)、『発達障害の時代とラカン派精神分析 〈開かれ〉としての自閉をめぐって』(共著、晃洋書房、2017年)、『創造と狂気の歴史 プラトンからドゥルーズまで』(講談社、2019年)、『心の病気ってなんだろう?』(平凡社、2019年)など。訳書にヤニス・スタヴラカキス『ラカニアン・レフト ラカン派精神分析と政治理論』(共訳、岩波書店、2017年)がある。

牧瀬英幹(まきせ・ひでもと)
2010年、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。専門は、精神分析、精神病理学、描画療法。現在、中部大学生命健康科学部准教授。著書に、『精神分析と描画─「誕生」と「死」をめぐる無意識の構造をとらえる』(誠信書房、2015年)、『発達障害の時代とラカン派精神分析─〈開かれ〉としての自閉をめぐって─』(編著、晃洋書房、2017年)、『描画療法入門』(編著、誠信書房、2018年)がある。
販売価格
2,420円(税220円)
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